私たちの祖先が、たまたま手にした最初の明かりは黄色い光で、「白い光」ではない。しかし、太陽の光と炎の光に気づいていたとしても、彼らは「白い光がほしい」とは思わなかったはずだ。なぜなら、「白い光」とは「白くない光」、つまりさまざまな色の光があることを知ってはじめて、意識に上ってくるものだからだ。原人たちも空にかかる美しい虹を見ていたはずだが、しかし、さまざまな色の光があることを知っていたとしても、「白い光」に気づくとは限らない。では、私たちはいつ、「白い光」を発見したのだろうか。紀元前4世紀に生きたアリストテレスは、色の基本を白と黒と考えた。さまざまな色は白い光と暗黒の闇の中間に存在し、媒質のなかを白い光が通過するにしたがって暗くなり、色があらわれる、というのだ。したがってアリストテレスが理解していた色の配列は、私たちが波長の短いほうから長いほうに「紫・青・緑・黄・赤」と並べるのとは異なって、明るい順に「白・黄・赤・紫・緑・青・黒」であった。それはともかく、こうしたアリストテレスの理解から推して、当時のギリシヤ人が太陽の光を「白い」と考えていたことはまちがいないであろう。